きっと私の風が吹く

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【読書感想文】煤煙~浦安八景~

日々のお勤めお疲れさまです。アカツッキーです。

相変わらず新型コロナウィルスの影響が著しく、未だに休日を中心にドラッグストアやホームセンターでは長蛇の列が出来上がっています。

 

表題。

 

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 このブログでたびたび登場する、旅する小説家・今田ずんばあらず氏(Twitter)の友人である小説家・ひざのうらはやお氏(Twitterの作品。2019年末の大崎コミックシェルターにて購入。

 

<Introduction>※裏表紙より

 鉄鋼業が栄え、日本有数の工業都市として成長する浦安を舞台に、今となってはありえない世界を、浦安出身のひざのうらはやおによって具現化した、渾身の短編集。煤煙渦巻く熱気溢れる浦安八景がそこに。

  東京ディズニーリゾートで知られる千葉県浦安市。実在するその街が歩んできた実際の歴史に絡めた空想の日本、そして浦安を舞台に、そこで生きる様々な人々にスポットを当てて綴られる8本の短編集。

 

 全体の総評としては、浦安という街に対する愛情の深さと十全な知見を感じる作品でした。単純にインスピレーションを受けて作ったオリジナルの世界観というわけではなく、実在するものを前提とした設定をきちんとした上に自身の思い描く世界観(フィクション)を構築しており、見た目よりも手間暇が書けられているのが分かる。

 明るい話、暗い話、不思議な話。様々な味付けがされた物語は、不思議なSF感と妙なリアルさが相まって、読み終わったときになんとなく言語化しづらいふわふわとした感覚を覚えた。

 では、感想は短くなってしまうが、8本それぞれの話について具体的に見ていこうと思う。ネタバレを含むのでご注意いただきたい。

 

1,大三角を望む

  市役所に勤める男の出勤風景を描いた話。実在する大三角線と架空の市電。男の他に女子高生や老婆、工員などが乗客として登場する。椅子に深く座り眠る者もいれば、乗り換えについて思い違いをし、慌てて降りていくものもいる。その様子は実に現実的で想像しやすく、男の主観による描写がよりリアリティを高めている。男の思考や周辺状況の説明地文がやや間延びして感じたが、これは私個人の好みの問題だろう。

 一つ気になったのは女子高生に関する描写で登場した「依存症」について。その単語の直前にとある描写があるので「何の依存症か」について想像は出来なくもないが、せっかくよく練られた世界観に加えスチームパンクという独特の雰囲気を持つ作品なだけに、読者に投げかけるのは少々もったいない気もする。何かしらの存在をちらつかせ、別の短編でもそれを登場させれば共有する世界観を表すという意味では面白いのではないかと、そんなことを思った。最も、これもまた限りなく私個人の好みの問題である。

 

2,祝砲

  浦安を流れる一級河川境川。その境川を舟で下るのは新郎新婦。川岸には新たな門出を祝福する参列人。そんな晴レノ日を描いた話。新郎は浦安で生まれ育ち、浦安の市役所に勤めているらしいが、先の「大三角を望む」に登場した人物と同一かは不明。物語は新郎の友人兼同僚で、今回の川下りにおける警備を買って出た男・開田の視点で進む。警備を担当する開田は市役所職員ではあるが、その腰には県警察で使用されているものと同じ拳銃が携帯されていたり、タバコに火を点けるのに掌に収まらないほどのオイルライターを使ったり。また、境川を始めとする周辺環境の描写など細かいところにこの作品における世界観の一端が見て取れる。

 作者のあとがきに曰く、公私ともにお世話になっている方の結婚に際して書き上げたとのこと。全体的に灰色に染まる世界の中で、人々の歓声と色とりどりの祝紙、祝砲から立ち上る硝煙と熱気。それらを見て、己の職務に対する責務と覚悟を再認識する開田。それらすべてを「おめでとう」の五文字で表そうとするのは、到底無理な話である。

 

3,老人と猫

 夜の境川で釣りをする老人と、その周囲に集まる猫の話。老人・正三は境川に釣り糸を垂らして約1ヶ月。未だに一度も釣り上げたことはない。瓦斯灯に照らされてもなお夜空すら映さない境川に生き物の気配は無く、それはまさにこの世界の鬱屈した雰囲気の象徴のように思えた。短いながらに、世界観を表す単語が多く散りばめられた話。

 正三の周りに続々と集まった猫たちが待っていたのは正三の釣果だったのか、それとも……。

 

4,桜の木の下には

 浦安市役所都市整備部所属の職員による職務風景の話。物語の主観である市橋と同僚の森山。森山の左手薬指には真新しい結婚指輪が輝いているが、先の「祝砲」の新郎と同一かは不明。業務の昼休憩中、視線の先には河岸に佇む桜の木。「桜の木の下には死体が埋まっているって、昔作家が書いてなかったっけな」そんな他愛のない会話と冗句。どこにでもある日常風景が、この世界ではどことなく貴重なものに思えてならない。

 伸びた影の長さが短くなっていることに気付いて、ああそうかと得心する。桜の木の下にはきっと―――が埋まっている。好き(確信)。

 

5,夜更けに咲く灰色の花

  しがない工夫・吉平と架空都市「鼠街」に存在する郭の女の話。船で渡る人工島にある鼠街。奥に行くに連れ廃れていくその街のほぼ最奥で見窄らしく客を引く下女・さと。女を知らない吉平はさとの夜伽に溺れていく。社会の底辺を回る歯車として生きてきた吉平が見つけた天国。しかしそこから連れ出して欲しいと願うさと。さとの願いを叶えるために必要な貨幣を貯めて鼠街を訪れた吉平を、さとは鼠街の最果てへと導く。

 浦安の夢の国といえばネズミの国であるが、そこに「大人の夢の国があったら」という発想からの創作。この短編集内で一番ページ数をかけているだけあり、心情、情景などの描写が細かくて大変私好みな作品。遊女たちを鼠と呼ぶようになった由来の設定がとても好き。

 

 6,船底の秋風

  入船四丁目商店街、通称船底通りにある銭湯で働く少年の話。市電の駅と大きな引き込み道路に挟まれた街の分水嶺に位置するその銭湯は多忙を極める夜半とは裏腹に、正午を過ぎた頃は暇の極みであった。父の口利きで短期労働をする学生の少年。名前の記述はない。退屈しているところに昼食を持ってきた銭湯店主の娘・葵。葵と少年の何気ない会話と少年の思考による環境描写で話が進む。この短編集の中で最も日常的な作品と言える。

 ペン入れを終えたイラストに瞳だけ色を入れたものや、アニメなどでモノクロのカットで花や主人公だけフルカラーだったりする描写をたまに見かけるが、私はそういう演出が大好きだ。この話はまさにそれだ。灰色に染まったこの世界の中にあって、確かな色が存在する。吹き溜まりにも、陽は届き、風が吹く。

 

7,鉄屑

 鉄工所で班長として働く男の話。老朽化した鉄骨造の建造物、とりわけ水道管などの公共物の増加に伴う需要拡大に人員確保が追い付けず悲鳴を上げる鉄工所。その工員をまとめる班長・兼政は誰よりも安全に注意を払う真面目で堅実な男だった。取引先である浦安市(公共施設)からは安くて高品質な製品を求められ、大口である分、断ることも出来ずに工員たちは毎日油まみれになって仕事をしていた。そんなある日に、兼政の班で事故が起きてしまう。

 全国の水道管も高速道路も電柱も老朽化が進む現実の現代日本では、きっと類似の事象がそこかしこで起きているだろうことは想像に難くない。故に、妙な生々しさがある。終盤、兼政が鉄くずを拾ってからの心境の変化に関する描写は個人的に物足りなさを感じた。しかしこれ以上はただの蛇足だと思う気持ちもある。塩梅とは難しいものだ。ただ兼政には、これからも顔を上げていてもらいたいと思った。

 

8,夏、平成、「あたり屋」

 二人の少年と駄菓子屋のおばあちゃんが綴る平成最後の夏の話。あたり屋は駄菓子屋の屋号であって、金銭目的にわざと事故を起こす輩のことではない。平成三十三年の夏。幸太と寛治は遊びに出かけるが、三十五度の酷暑から逃れるように駄菓子屋「あたり屋」に避難する。出迎えてくれたのは湿布のニオイをまとった魔法が使えると噂のおばあちゃん。おばあちゃんが語る、浦安の暑さの秘密と成り立ち。そっと差し出されるアイスキャンディ。そして、夏が終わる。

 もうほとんど見かけなくなった駄菓子屋と、小銭を握りしめて通う子どもたち。ほほえみながらそれを迎える店主のおばあちゃん。失われつつある日本の原風景の一つ。鉄屑に引き続き「あったかもしれない」というリアリティに溢れる作品。最後の寛治のセリフが頭の中で反響している。

 

 

 というわけで、全編の紹介とちょっとした感想でした。感想になっているかは不明ですが。作者であるひざのうらはやお氏は同氏が参加したアンソロジー本曰く、自身のブログで読了した作品の感想を書いていらっしゃるとのことですから、私の記事など見るに耐えないかもしれませんが、その辺は寛大な処置をいただきたく。

 

 私は平成とともに生まれた人間で、生まれも育ちも今現在住んでいる町である。町のことを紹介しろと言われればホットミルクの表層に出来る膜のように当たり障りのない必要最低限の紹介はできる自信はあるが、そこから話を広げたり構築することはきっと出来ない。住んでいるだけでは気づけない、気づかない。そういうものは星の数ほどあるが、それを作者は丁寧に拾い集め、選別し、削って磨いたのだろう。その努力と感性、そして作品として作り上げたことに心からの敬意を。

 

 最後に、この記事は数日に分けて書いているため書き方などが微妙に異なりより一層読みづらくなっているかと思います。まことに申し訳ございません。

 

 それでは。

 

 

  次回の感想文はあめつちです。たぶん。